尊敬していた人の話

ある男がいる。その男は以前にネットで知り合った人間なのだが、ほんの数回メッセージをやりとりしたというだけで、友人とは呼べないし、おそらく向こうは僕のことを忘れている。ただ、彼との数回のやりとりは僕に大きな影響を与え、一時期は彼に対して非常に憧れを持っていた。彼のように生きたいと思った。そして、彼の聴いている音楽を聴き、彼の読んでいる本を読んだ。彼はピアノを弾くのが趣味だったから、僕は持っていたギターを放置し、安物のキーボードで練習した。彼は僕よりも少し年上というだけだったが、僕にとっては、正しく人生の先輩のように思えた。
しかし、彼に対する熱狂は次第に冷めていった。彼のことをもっと知ろうと、色々なものを吸収していくうちに、彼の底の浅さが見えてしまった。彼が作り出し、"芸術"と自称する文学や音楽は、どこからか引っ張ってきたアイデアの継ぎ接ぎで、少しその方面に詳しい人であれば、元ネタが何かわかってしまう程度のものだった。彼と自分自身を比較して自らを追い詰めていた当時の僕は「やはり彼もただの人間なんだ」という安堵の感情を抱いたが、それ以上に、彼のカリスマ性の喪失はショックが大きかった。崇拝できる同年代の人間を失ってしまったのだ。彼を所詮小物だと嘲笑し、優越感を抱くほど、僕は単純ではなかった。
彼には他にもネットでの友達がいたようだ。その友達たちにも、僕にしたのと同じように、色々なことを教え、そして熱狂させたのだろうか。本当のところはわからないが、少なくとも、彼は自らが心酔する作家や音楽家などを隠さずに、それを人と共有しようとする姿勢があったから、そういうことは十分ありえる。
その後、彼とは疎遠になり、連絡はとっていない。ふと思い出し、彼が運営していたウェブサイトを閲覧してみた。長らく更新されていなかったから、てっきり放置されたものかと思っていたが、つい最近更新があったようで、彼の新曲と、近況を綴った文章が公開されていた。
リンクは貼れないが、その曲はとても彼らしいものであったし(最も、何かの寄せ集めである気がするのだが)、文章も良くも悪くも僕には書けない、美しい詩のようなものだった。
それを読んだ時、再び「やはり彼もただの人間なんだ」と思った。しかし、かつてのように否定的な意味ではない感情がある。彼もまた、一人の人間として、友人を探していただけだったと気づいたからだ。
機会があれば、また彼と話してみたい(自分から連絡する度胸はないのだけれどね)。